帰ってきた!平木博士の異常な愛情

または私は如何にして心配するのを止めて二次元美少女を愛するようになったか。

2016年秋に活動再開。同人サークル「けろぷろ!(旧名ケロちゃんプロジェクト)」からの告知用ブログです。

余命幾許もない内房線特別快速に乗ってみた。

 内房特快とは総武本線・内房線の東京~館山間に1往復運転されている名無しの特別快速である。平成27年ダイヤ改正で内房線の特急「さざなみ」が事実上廃止されたので、その穴を埋める目的で平日の1往復だけ設定された。なお土休日は新宿始発の臨時特急「新宿さざなみ1号」として特別快速のダイヤをほぼ踏襲する。だがこの特別快速は今年春のダイヤ改正で運転休止が決定しており、僅か2年の命であった。そんな平日限定の特別快速に大回り乗車のルールを利用して乗ってきた。

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  特急でないのにこちらに表示されている。

 東京8時02分発の特別快速館山行きはE217系15両編成。「横須賀・総武快速線」と同じく「スカ帯」を纏った11両編成と付属の4両編成で運転される。東京寄り4両の付属編成が終点の館山まで行き、前の11両は途中の木更津止まりとなる。特急「さざなみ」の代替として誕生した経緯もあって、東京駅地下コンコースの電光掲示板では「特急」の欄に掲示される。総武2番線ホームも銚子方面への特急「しおさい」が発車する優等ホームだ。

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  東京止まりの普通列車として入線。
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  特別快速の表示

 津田沼からの快速列車がそのまま折り返し館山へ向かうので、入線から発車までの時間が5分間しかなく、 その間にグリーン車の清掃も行われる。だが通勤ラッシュとは逆方向なので降車客が捌ければ特に問題はない。館山まで行くロングシートの付属4両編成最後尾に乗車した。車内はロングシートの端が埋まる程度だが、リュックを背負ったおじさんおばさんの団体や、俗に言う葬式鉄も居る。東京駅地下ホームを出発して地下区間を行く。新日本橋、馬喰町を通過し、地上へ出て東京スカイツリーを見ながら錦糸町着。平日の通勤時間帯だけあって乗ってくる人も多いが、ここでも座席にはまだ余裕があった。

 総武線の複々線区間を往く。反対列車は快速、緩行ともに満員だが、ラッシュと逆方向の乗客はスマホ撫でるか二度寝かで平和そのものだ。江戸川を渡って千葉県に入る。次の市川では先行する快速列車を追い抜いた。途中停車駅は船橋、津田沼の二駅だけで、東京千葉間を僅か35分で駆け抜けた。千葉でややまとまった降車がある。次の蘇我では京葉線と外房線が別れる。ホームでは男性が余命幾ばくもない特別快速にカメラを向けていた。

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  江戸川鉄橋を渡る。

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  千葉到着。
 
 この特別快速が2年前の平成27年ダイヤ改正で廃止された「さざなみ1号」の代替列車であることは先に述べたが、東京湾アクアライン開業後東京から房総方面は高速バスの独壇場となり、現在JRは完全に白旗を上げている。特急「さざなみ」も今や東京~君津間のホームライナー的な需要しか存在せず、早朝に上り、夕方から下りが数本運転されるのみだ。 この特別快速もやはりレゾンデートルを失っていた。せめて車両をクロスシートにして、土休日を中心に「ホリデー快速」的な運用にすればまだ解る。正直平日に4両ロングシートの館山行きはないだろう。

 蘇我から先は臨時特急「新宿さざなみ」と停車駅を同じくする。車窓右手には京葉工業地帯の煙突群が続く。五井で小湊鉄道と接続し、つげ義春『やなぎ屋主人』の舞台となった長浦を通過する。今の長浦駅は京葉コンビナートのど真ん中で潮干狩りができるような砂浜はない。東京湾アクアラインの真下をくぐり、9時08分、木更津着。ここで前の11両を切り離し8分間停車する。木更津駅では乗客を降ろした後一旦扉を締め、前の11両が留置線に引き上げた後、後ろの4両が前方の停車位置まで移動し、再び扉が開いて乗客を乗せる。運用のことはよくわからないが、なんとも面倒くさいことをやってるものだ。

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  木更津で前の11両を切り離した。

 9時16分、4両編成の身軽な姿になって改めて木更津駅を発車。久留里線のE130系を左手に見て、次の君津でまとまった乗客を降ろし車内もだいぶ空いてきた。残るのは葬式鉄の同業者が中心。ロングシート先端の男の子はスマホの位置情報アプリ「駅メモ」に夢中だ。私の周囲にもハマっているヤングが多く、新しい汽車旅のかたちだと思う。君津から先の内房線は単線となり、ここまで来るともうすっかりローカル線だ。車窓には梅が咲き菜の花畑も見える。佐貫町を過ぎると右手に東京湾が広がる。対岸に浦賀の火力発電所が見える。浜金谷でリュックを背負ったおじさんおばさんの団体が下車した。ラストは海と菜の花畑。保田、岩井、富浦と停車し、10時10分、特別快速は終点の館山に到着。ホームには菜の花がきれいに咲いている。房総はもうすっかり春だ。

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  ラストスパートは海を見ながら。

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  終点、館山に到着。

 この後このE217系4両編成は館山駅の留置線で夕方まで休んだ後、館山17時05分発の特別快速となって来た道を東京へ戻る。来月のダイヤ改正で特別快速が廃止された後は、同じ時刻に東京~君津間に快速列車が1本増発される。僅か2年間、内房特快はたいして世間の耳目を集めぬままダイヤから消えようとしている。 

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  房総に春が来た。 

バニラエアひがし北海道フリーパスで行く道東の旅~4日目

 川湯温泉はアイヌ語の「セセキ(熱い)ペ(川)」に由来する温泉街である。6時に目覚め、朝風呂に入ってから宿を出た。時刻は朝の7時。これから川湯温泉駅まで30分ほど歩いて7時44分発の始発列車に乗る。今日も朝から天気が良く、そして幾分温かい。それでも気温は氷点下のはずだが、風がないので暖かく感じる。駅へと続く一本道、正面の硫黄山からもくもくと白い煙が上がっている。この大地の力が川湯温泉の強酸性の温泉をつくる。

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  駅まで徒歩30分、針葉樹の林の中をひたすら歩きます。
 
 川湯温泉7時44分発の網走行き普通列車はキハ54系2両編成。こんな朝から観光客の姿も見える。峠を越えて旧釧路支庁から旧網走支庁に入り、緑で昨日乗った神出鬼没の「ルパン号」と交換した。一面の雪原の中を列車は往く。知床斜里でクラブツーリズムのバッジを付けたシニア客が大量に乗り込んだ。釧網本線はここ知床斜里から網走までの間オホーツク海沿いを走り、季節を問わず人気のスポットとなっている。恐らく途中の北浜駅で下車して観光バスに乗り継ぐのであろう。そして間もなく右手に流氷のオホーツク海が広がった。網走では4日前の1月31日に平年より10日遅く流氷初日となり、そのまま一昨日の2日に接岸した。今回はこの光景を見るために北海道へやってきた。線路は暫く海から離れるが、北浜の手前でまた海が広がる。9時02分着。そして私はこの駅で列車を降りた。
 
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  流氷とオホーツクの海。

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  北浜駅に到着。クラツリ厨たちがぞろぞろと降りてきて、早足で観光バスに乗り込む。
 
 クラブツーリズムのバッジを付けたシニア客が大型バスに乗り込んでしまうと駅舎に静寂が訪れる。ここはオホーツク海に一番近い駅。旅行会社のツアーに組み込まれるほど有名な駅で、そして私が北海道で一番好きな駅である。20歳の最長片道切符の旅ではこの駅で一晩野宿した。駅舎には旅人が残した切符や定期券が所狭しと貼られている。いつものベンチに腰掛け、一夜を過ごした二十歳の夜を思い出した。ここに来れば私はいつでも20歳の自分に戻ることが出来る。あれから私も世の中も大きく変わってしまったが、オホーツクの海と波の音は変わらない。短い時間の滞在だったが、今回も駅舎に名刺を残し次に来た列車に乗り込んだ。

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  我が青春の北浜駅舎。
 
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  駅舎には旅人が残した無数の名刺が貼られている。

 北浜10時10分発の網走行きは「流氷物語2号」の列車名がついているが、実際は何の変哲もないキハ54系の2両編成だった。申し訳程度のラッピングと車内に流氷の写真が貼ってある。10時25分、網走着。これから流氷観光砕氷船「おーろら」に乗りに行く。駅を出ると丁度網走港行きのバスが出るところだった。バスは観光客で混んでいた。10分ほどで「おーろら」の港がある道の駅流氷街道に到着。駐車場には大型観光バスが群れをなし、道の駅は何かのイベントでも開催されているかの如く大混雑。そして飛び交う中国語、大半は中国からの観光客だ。人混みをかき分け11時00分発の砕氷船の乗船券を購入し船に乗り込んだ。流氷接岸を受けて初の週末ということで大盛況。本日の「おーろら」は
2台運行とのことで、私は後続の「おーろら2」に乗った。

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  網走駅に到着。これより流氷を見に行きます。

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  nice boat.
 
 船内の座席は全て中国人とツアー客に取られてしまったので、私は寒風吹き荒ぶデッキに立って船の出航を待った。網走は雪がちらついている。暫く港を航行し、沖合に浮かぶ流氷帯を見つけると砕氷船はその中に突っ込んでいく。そして一面の白い世界が広がる。オホーツクの界面を埋め尽くす冬の使者こと流氷。向こうに網走の能取岬が見える。

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  まずは流氷の幼生、蓮葉(はすは)氷がお出迎え。

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  砕氷船が流氷帯に突っ込んだ!

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  流氷の向こうに能取(のとろ)岬。

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  ガリガリと音を立て、流氷を砕きながら往く。 
 
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  流氷の上にイヌワシの姿。

 1時間の流氷クルーズを終えて網走の港に帰ってきた。道の駅でお昼御飯を食べて、再びバスで網走駅へと向かう。網走駅の改札口には大型スーツケースの大群が長蛇の列を作っていた。列の最後尾が今にも駅舎から溢れそうだ。13時26分発の札幌行き特急「オホーツク6号」を待つ列だが、外国人ならジャパンレールパスを持っているのではなかろうか。ともあれ、予定より早く改札が始まり、私もフリーきっぷを見せて最後の列車に乗り込んだ。

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  網走駅に戻ってきた。

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  網走駅が人大杉状態な件について。
 
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  では、札幌に戻って、新千歳空港から成田に帰ります。

 網走13時26分発の札幌行き特急「オホーツク6号」はキハ185系6両編成。先頭の1号車と2号車の半室が自由席で、適当に2号車の座席に座った。指定席のカバーには「Reserved Seat」のカバーが掛けられている。車内を埋め尽くすのは団体の中国人で、大型のスーツケースが網棚は勿論デッキや通路にまで置かれている。つくづく北海道の経済は彼らが回しているんだなと思う。雪を見たテンションからか中国人たちが大声で話すので車内は騒がしい。そして子供が泣きわめく。車窓には青空が広がり降り積もった雪が眩しい。網走湖の湖畔を走る。

 あれほど大声を出していた中国人たちが急に黙り込んでしまった。全員大きな口を空けて午眠を貪っている。慣れない異国の地で疲れてしまったのだろう。物音一つしない車内にキハ185のエンジン音が響く。ふと前の座席の男の子と目があってしまった。さっきはあれほど泣き叫んでいたのに、母親が眠り込むと同時に大人しくなってしまった。澄んだ瞳でずっとこちらを見つめてくる。ウインクを返すと恥ずかしいのか座席に隠れてしまった。特急「オホーツク6号」は留辺蘂を過ぎて常紋越えに掛かる。キハ185のエンジン音が一際高くなってくる。窓の外には針葉樹が広がる。

バニラエアひがし北海道フリーパスで行く道東の旅~3日目

 根室はアイヌ語の「ニムオロ」(木の繁るところ)から取られたと言われる。根室駅を出る花咲線の上り一番列車は5時30分発と早い。この列車は前日から運休と報じられていたので、次の8時22分発に乗って釧路へ向かおうと思う。駅近くの貧相なホテルで7時過ぎまでじっくり寝て、8時前に根室駅へと向かった。

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  根室駅の朝。

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  最果ての鉄路が途切れる処。

 始発の5時30分発は案の定運休したようだが、次の折り返す根室行きの普通列車は定刻で運転されているようで安心した。8時03分、単行の普通列車が東の方向から入線し僅かな乗客が降りてきた。根室本線はラストで根室の市街をぐるりと廻るように敷設されているので、最果ての終着駅がこのようなかたちになってる。根室8時22分発の釧路行きはキハ54系単行。沿線の浜中町出身の漫画家「モンキー・パンチ」氏に因んで、アニメ「ルパン三世」のラッピングが施されている。車内は俗に言う「集団見合い型」クロスシートで座席が無駄にリクライニングする。どこかの特急型車両の廃車部品を集めてきたのだろう。

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  その名も「ルパン号」
 
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  「あばよ!とっつぁん!」  

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  「おのれルパ~ン!」

 根室駅から10名程度の乗客を乗せて発車した。「日本最東端」東根室駅を過ぎ、市街を抜けてシラカバの森の中を往く。枝の上にイヌワシやフクロウの姿、あと線路にやたらとエゾジカが出てくる。注意の汽笛だけで済めばいいが道中で
二度も急停車した。天候は昨日とはうって変わって青空。沿線の街、厚床や浜中で地元の用務客が乗り込み程よい乗車率となった。昨日タクシーでかっ飛ばした国道44号線が見える。厚岸より先で左手に太平洋が広がった。昨日はバスに間に合うかハラハラしながらの道中で、外の景色をほとんど見ていない。カキの養殖で知られる厚岸湾と朱色の厚岸大橋が見える。やっぱり旅はこう、のんびりと行きたい。釧路の市街に入ると地元民が次々に乗り込み単行の車内は満員になった。10時45分釧路着。

 本来なら昨日は釧路に泊まって、今日は釧網本線沿いの摩周湖や屈斜路湖を見て回る予定だった。しかし昨夜は根室で泊まらざるを得なくなった為、釧路到着がこの時間になってしまった。なので今から「SL冬の湿原号」に乗る。指定席券は今朝方根室駅で仕込んでおいた。

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  釧路駅で発車を待つ「SL冬の湿原号」

 昨日「スーパーおおぞら1号」で釧路駅に着いた時、隣のホームで黒煙を上げる蒸気機関車が気になってはいた。昨日から今季の運行を開始した「SL冬の湿原号」で、釧網本線の釧路~標茶間を一往復している。C11は主にローカル線の普通列車用として活躍した蒸気機関車で、新橋駅のSLと同じ形式といえば解ってもらえるだろう。まずは釧路駅の改札を一旦出て売店に駅弁を仕入れに行ったが、売店には大型スーツケースを従えた中国人が大量に溜まっていてなかなかお弁当が購入できない。急いでかにめしを購入し、「SL冬の湿原号」が発車する3番線ホームへと向かった。

 釧路11時06分発の標茶行きSL冬の湿原号はC11+14系客車5両編成。充てがわれた席は最後尾の5号車だった。車内は中国人の団体と、グループ客と私のような一人旅。妙齢の女性がテーブル席に切符と駅弁を並べてスマホで写真を撮っている。このあとすぐSNSにアップするのだろう。SNS時代の一人旅は決して独りではないが、わざわざ独りになりたくて北海道まで来たんだから私は極力SNSは開かない。5両編成の車内は全てのボックスが埋まっているが、私のボックスには終点まで誰も来なかった。札幌からの特急「スーパーおおぞら1号」がまた遅れているらしく、数分遅れて発車した。

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  車内はテーブル付きのボックスシート。ダルマストーブが置かれている。

 「SL冬の湿原号」には車掌さんの観光案内とボランティアのガイドさんと、「中文案内」と札を提げた通訳まで乗っていて、標茶までの約1時間半の道中を色々と楽めそうだ。釧路川の袂には三脚がずらりと並びカメラマンたちが手を振ってくれた。東釧路で花咲線が別れ、C11は青空に黒い煙を吐きながら釧路湿原の中へと這入っていく。2号車のカフェカーを覗くと中国人観光客が早くもお土産やグッズを買い求めていた。釧路湿原と言えば夏の光景が有名だが、冬の湿原は立ち並ぶシラカバの樹に、黄土色のカラクサと雪だけの景色。遠くに雪の雌阿寒岳と雄阿寒岳が見える。「あ、右手にタンチョウの親子が居ます」車掌さんの放送が入る。間もなく右手に3羽のタンチョウが見えた。なるほど、最後尾5号車だと車掌さんの案内を聞き逃すこともない。あとはエゾジカの群れとイヌワシの姿。かつて釧網本線に乗った時地元のおじいさんに言われた。湿原なんて全く人の役に立たない。動物の楽園だと。

 
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  冬の釧路湿原を往く。

 左手から釧路川が寄ってきた。車窓には延々と冬の釧路湿原が続く。12時35分、標茶着。アイヌ語の「シペッチャ」(大きな川の畔)から来ている
向かいホームに上りの快速「しれとこ」が入線し中国人がゾロゾロと降りてくる。SLの煙と中国語が飛び交う駅舎。駅前には大型観光バスが横付けされ、大型スーツケースを従えた中国人が次々とバスに乗り込み出発していった。次に乗る網走方面への普通列車は今から2時間半もある。当初は摩周湖や屈斜路湖を見て回る予定だったが、私は折り返し13時59分発の上り「SL冬の湿原号」で釧路に引き返すことにした。帰りの指定席は十分に空いていて、指定席券の820円だけでもJR北海道の増収になればいい。帰りは蒸気機関車真後ろの5号車に席を取った。


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  標茶到着。釧路行きの「しれとこ」とすれ違った。

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  SL冬の湿原号

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  一旦釧路方へ引き上げ、先頭の機関車を付け替える。

 標茶駅前の喫茶店で熱いコーヒーを飲んだだけで、再び汽車に乗って来た道を引き返す。引き続き辺り一面の冬の釧路湿原。車内は少し空いたが乗客の顔ぶれはほぼ同じで、SLに乗って引き返すだけが目的なんだろう。相変わらず車内の半分近くは中国人だ。塘路で網走行き普通列車と交換のため約10分停車。向こうから反対列車が来ているというのに、中国人が自撮り棒を持って次々と線路に飛び出してくる。これが特急列車なら全員跳ねられてるところなのに、鉄道に対する意識が違うのだろう。再び花咲線と合流し釧路川を渡って15時35分釧路着。往復3時間のSLで行く冬の釧路湿原の旅が終わった。

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  帰りは機関車を後ろ向きに連結する。

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  釧路に向けてラストスパート。

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  そしてまた釧網本線へ。「ルパン号」と再会。

 折り返し三度釧網本線を往く。釧路16時05分発の網走行き普通列車はキハ54系単行。そしてまさかの「ルパン号」だった。今朝方乗った列車が折り返して根室方面へ向かったとばかり思っていたのに、私がSLに乗っていた間ずっと釧路駅に待機していたことになる。いや、ルパン三世は変装の名人だ。この列車は・・・バカモン!そいつがルパンだ!

 用務客や帰宅客で発車間際に全ての座席が埋まる。釧路川を三度渡ってまた湿原の中を往く。車掌さんの観光案内もなく、キハ54が黙ってジョイント音を響かせながら夕暮れの湿原を往く。本日は節分だが道東の日暮れは早い。橙みたいな大きな太陽が同じ速度で付いてくる。か弱く白と黄土色の大地を照らす。日は暮れてしまったが釧路湿原駅から観光客の一団が乗ってきた。釧路川にはこの寒い中カヌーの姿があった。茅沼の駅前で白いタンチョウが二羽現れ、車内からわっと歓声が上がる。

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  夕暮れ時の釧路湿原を往く。

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  釧路川の向こうに雌阿寒岳と雄阿寒岳が見える。
 
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  川湯温泉駅に木彫りの熊がお出迎え。

 標茶でようやく車内が空いた。日はどっぷりと暮れてしまい、後は今夜の宿である途中の川湯温泉へ向かうだけ。今日は急遽旅行プランを練り直すことになったが川湯温泉に泊まることだけは決めていた。ネットの平日限定直前割で、今夜は3500円で露天風呂付きの温泉旅館に泊まることになっている。17時38分川湯温泉着。地方のローカル列車なのに英語の車内放送がある。駅前に温泉街行きのバスが待機していてアクセスも極めてスムーズだ。そして道東の内陸部は日が暮れると猛烈に寒くなる。アメダスに依ると今の気温は-15℃らしい。バスは10分ほど走って川湯温泉街に到着した。

 川湯温泉に来るのは始めてだ。硫黄の香りと湯気が上がる、なかなか小粋な温泉街だ。気温は低いが風がないのと湯気のせいで暖かく感じる。予約した温泉旅館に投宿し早速露天風呂へと向かう。今夜は大浴場も露天風呂も貸切だ。部屋もきれいで、3500円でここまで良くしてくれるなんて前世でどれだけ善行を積んだんだとまで思ってしまう。温泉で十分体を温めた後で私は温泉街へと繰り出した。居酒屋でザンギとサッポロクラシックを頂き、お腹いっぱいほろ酔い気分で店を出た。夜になって急に冷え込み吐く息が白い。温泉街を歩いていると神社の境内にスノーキャンドルやアイスキャンドルが並べられ、幻想的な光景が広がっていた。投光器の下でキラキラと光り舞い落ちる物体、これがあのダイヤモンドダストらしい。今夜のように冷え込み風のない夜は、空気中の水蒸気が凍りつき神秘的な光景を作り出す。そして夜空には満点の星空。オリオンと冬の大三角がきれいに見えている。真冬の境内にしばし佇み、凛として輝く星空を眺めていた。

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   凍てつく真冬の川湯温泉、キャンドルライトが灯る。

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