松山駅前の安宿で目覚めると雨が降っていた。西予地方の冬は伊予灘を通る季節風の影響で、雨や雪が降る日が多い。昨日嘉島氏から言われたことを思い出した。生憎と傘は持ってこなかったが、身支度を整え松山駅へ向かう。

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  師走の四国の夜明けは遅い。6時でも空は真っ暗だ。

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  「しおかぜ6号の半室グリーン車。言うまでもなく貸切」

 今日はこれから多度津から土讃本線に入り、後免から室戸岬をぐるっと回って高松まで行く。松山6時13分発の高松・岡山行き特急「しおかぜ6号」は8000系8両編成。前の2両が高松行き、後ろの6両が岡山行きで、途中の宇多津で切り離される。グリーン車は最後尾1号車の半分で、言うまでもないが貸切だった。

 夜明け前の松山駅を発車する。雨がどんどん強くなりグリーン車の窓ガラスにも水滴が滴るが、スマホアプリの天気予報によるとこれから向かう土佐地方は晴れの予報が出ている。雨雲レーダーを見ても雨が降っているのは燧灘周辺だけだ。今治でようやく東の空が白みだした。山の上にお城が建っている。新居浜で「いしずち103号」と交換。予讃本線は単線ながら高松~伊予市間が民営化後に電化され、新型振り子特急の導入や路線の一線スルー化等で高速化を図っている。松山~高松間194.6kmの所要時間も2時間半を切り、ライバルの高速バス「坊っちゃんエクスプレス号」と猛烈な競争を繰り広げている。
 
 7時38分、伊予三島着。ここで上りの高松行き普通列車を追い越し、下りの伊予西条行き普通列車と交換する。どちらも通学生で超満員だ。そしてこの区間「 しおかぜ6号」の自由席には通勤、通学客が乗り込んでいく。四国では50キロまでの自由席特急券が520円、25キロまでだと320円で乗れるため、ホームライナー感覚で特急列車に乗車できる。だが車内の様子は最後尾のグリーン車からは知る由もない。依然雨の止まない車窓。通勤の車列、黄色い傘と帽子がお揃いの小学生の一団、傘を差して自転車を器用に漕ぐ詰襟の中学生。日常の風景のはずなのに、誰も乗ってこないグリーン車から見る景色は非日常のそれだ。

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  師走の雨の瀬戸内海

 雨に打たれる瀬戸内海を見ながら香川県に入る。鉛色の海の向こうに本州は見えない。8時16分、多度津着。ここで列車を降りる。多度津は予讃本線と土讃本線が別れる四国のジャンクションで、四国の鉄道発祥の地でもある。駅前には8620形機関車の動輪が飾られていた。駅構内には汽車時代の給水塔が残り、その隣に「食堂」と書かれた看板が出ていた。そういえば今朝はまだ朝御飯を食べていない。実はこの食堂、多度津駅で働く鉄道職員のための食堂で、特に部外者が利用しても問題は無さそうだ。暖簾をくぐり、380円の和定食を注文する。店内は時間柄泊まり勤務明けと思しき職員が多い。ご飯と鯖の塩焼きとお豆腐、お味噌汁とお漬物。朝御飯ってのはこういうのでいいんだよこういうので。満足して食堂を出ると雨はすっかり上がっていた。

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  多度津は鉄道の街。駅前には汽車の動輪が。

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  駅構内に食堂発見。お邪魔しま~す。

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  多度津は土讃本線の始発駅です。

 土讃本線、多度津8時50分発の高知行き特急「しまんと5号」は2000系2両編成だった。指定席は前方1号車の1番から7番までの28席。その後ろが自由席で、指定席も自由席も余裕がある。それにしても、四国の大動脈を走る特急列車がたったの2両編成とは。昨日嘉島氏と話したが、四国の特急列車は岡山駅で新幹線と接続してこそ意味があり、四国内の都市間輸送はおおむね高速バスが担っているようだ。嘉島氏は「瀬戸内海と土佐湾の間の石鎚山脈を長大トンネルで貫いてしまえばいい。」と言っていた。スマートフォンで四国の地図を見てみるとそこには高知自動車道が通っており、土讃本線はその脇を渓谷に沿って大きく迂回している。これでは鉄道に勝ち目はない。

 昨日と同じ景色を見る。朝方降った雨が師走の山間に狭霧を掛ける。2000系のコトコトコトと早刻みなジョイント音が足下から伝わってくる。秘境駅坪尻を高速で通過し、阿波池田から吉野川に沿って大歩危、小歩危の渓谷を見る。昨日は無かった車内チャイムが鳴って観光案内があった。ノートパソコンを懸命に叩くビジネスマンも一旦タイプの手を休め、胸元からスマホを取り出し車窓に向ける。同時にあちこちでスマホやタブレットのシャッター音が鳴り出した。とは言ってもこの区間はトンネルが多く、高速で走る特急列車から渓谷美をカメラに収めるのはなかなか困難である。よってここは目に焼き付けておく。

 阿波から土佐に入った。10時29分、後免着。すぐさま跨線橋を渡り、1番線の「ごめん・なはり線」のホームに移動し、10時39分発の奈半利行き普通列車を待つ。ここから土佐湾に面した奈半利町まで42.7kmの区間は第三セクター「土佐くろしお鉄道」として平成14年7月に開業した新線区間で、手持ちのバースデーきっぷでも乗車出来る。バイブル(時刻表)によると次の列車は「オープンデッキ付き車両で運転」とあり、恐らく土佐藩士中岡慎太郎に因んだであろう「しんたろう2号」の列車名も付いている。今日はこの列車に興味を持ち行程に組み込んだ。ホームには郷土が生んだ漫画家、やなせたかし氏のキャラクターが立ち、駅名に因んで「ごめんごめんごめん」となんだか謝っているような詩が書かれてある。後免。恐らく中世か近世に土地に関わる税を免除した実績から付けられた地名だろう。

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  土佐くろしお鉄道、9640(くろしお)系車輌がやって来た。

 間もなく高知方からやって来た列車は1両編成で、大きなクジラを思わせる車体にやなせたかし氏のイラストが描かれ、車体右方の太平洋側がオープンデッキになっている。単行の車内は満員だがオープンデッキに立つつもりなので問題ない。車内には大学生のサークル旅行なのか、男女15名ほどが大きなトランクを持って乗っている。何名かはデッキに出てきてスマホで写真を撮り出した。

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  オープンデッキは開放感いっぱい。高架からの眺めが素晴らしい。

 瀬戸内側の伊予は朝から雨空だったが、太平洋側の土佐はよく晴れて風が心地よい。高架橋から眺める太平洋はどこまでも広く穏やかで、一方の内陸には巨大な津波避難シェルターがあちこちに建っている。今から30年以内にほぼ確実に発生するといわれる南海トラフ大地震では15mの津波を想定しているようだ。各駅にはやなせたかし氏のキャラクターと並んで海面からの高さが記入されている。駅は高架上にあるので万一の際はここに逃げてくればよいが、これより高い津波が発生すればなす術もない。今この瞬間に大津波がやってくる可能性も十分にありうるのだ。

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  太平洋を臨みながら。向こうに室戸岬が見える。

 平成14年開業の新線「ごめん・なはり線」は意外とトンネルが多く、トンネルの中は風が強くて寒い。若者たちも暖房の効いた車内に引っ込んでしまった。安芸から先はビニルハウスが多い。確か「促成栽培」だったか。中学校の社会科の授業を思い出した。太平洋上の太陽は南空高くに輝き、オープンデッキを照らす日差しが心地よい。季節は師走を迎えたが南国土佐は小春日和だ。11時59分奈半利着。

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  奈半利で線路は途切れる。

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  バスに乗って室戸岬へ。

 奈半利駅の片面高架ホームの先で線路は途切れているが、ここから先も室戸岬を通って徳島県側の牟岐線と繋げる計画はあったらしい。現在その間を高知東部交通の路線バスが連絡している。12時16分発のバスは途中の室戸岬行きで、平日の昼間とあって地元客で混んでいた。そこにさっきの車内で乗り合わせた大学生の集団が乗ってくる。バスは満員で発車した。バスは海沿いの国道55号線「へんろ道」に沿って走る。室戸の市街で地元客が降車し、岬近くの道の駅で大学生の集団が降車しバスは私一人の貸切となった。運転士さんに「岬の近くで降ろして」と伝える。奈半利駅から1時間弱で室戸岬に到着。ここは何度か来たことがある場所で、目の前には太平洋が広がっている。振り返ると岬の高台の上に白い灯台。次のバスまでは1時間くらい。灯台まで登って戻ってくれば丁度良い頃合いだろう。

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  室戸岬にやって来た。

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  丸い水平線に、師走の太陽が輝く。ここは四国の果て。 

 ウバメガシに覆われた遊歩道を歩く。12月だというのに昼下がりの太陽が暑い。今日の最高気温は15℃はあるだろう。息を切らしながら遊歩道を登りきると、目の前に岬の白い灯台が現れた。その向こう、太平洋の大海原が真冬の太陽を受けてきらきらと輝いている。ローカル列車と路線バスを乗り継いで辿り着いた岬の、その果てにある小さな灯台とどこまでも続く海。正にこの風景を見るために旅をしているんだ。

 平成28年師走、土佐室戸岬。ここは四国の果て。

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  再び、バスに乗って岬を廻る。

 中岡慎太郎の銅像の前のバス停から14時30分発の甲浦行きのバスに乗った。最後部の座席に旅行者が1名のみ。運転士さん脇の最前列特等席に座った。次の室戸岬ホテル前から外国人のグループが乗り込んだ。太平洋に沿って走る。白装束のお遍路さんと時折すれ違う。ふと一人の遍路が手を上げてバスに乗ってきた。方向が逆では?確か四国遍路を反時計に回る「逆打ち」と呼ばれるものもあるそうだが、果たして真相は如何に。

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  バスに乗ると意地でも特等席を奪取する。

 バスは甲浦の市街に入る。だが鉄道の駅は街外れの内陸にあるようで、一瞬どこに行くんだろうと思ってしまう。相当市街から離れた寂しい場所に突然高架が現れ、単行のディーゼルカーが停まっていた。ここが阿佐海岸鉄道甲浦駅、徳島県側の鉄路の果てである。15時21分着。外国人のグループもここで降りたが、駅へ向かったのは私と、岬に着いたバスに乗っていた旅人だけだった。

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  徳島側から、鉄路が途切れる場所。

 阿波と土佐を結ぶ意味で、阿佐。徳島県側からも高知を目指して鉄道の建設が進められ、国鉄牟岐線として昭和48年4月に海部まで開通。平成4年3月に阿佐海岸鉄道として高知県に一駅入ったここ甲浦まで開通。ここで鉄路は途切れた。甲浦駅は市街からかなり離れた街外れに建設され、地元の足はもっぱら並行する路線バスである。よって阿佐海岸鉄道の営業係数(100円の営業収入を上げるための営業費用)は916と、全国の鉄道事業者の中で最悪である。

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  単行のディーゼルカーが客待ち中。

 15時30分発の海部行きは単行。車体に書かれた101の文字は恐らくトップナンバーを表し、平成4年の阿佐海岸鉄道開業時に導入された車輌であろう。開業から四半世紀が経ち車体がかなり草臥れているが、新車を導入する余裕は素人目に見ても無さそうだ。2名の乗客を乗せて発車。高架橋から冬枯れの田畑と、向こうに海と津波避難シェルターが建っている。すぐに徳島県に入り宍喰駅、そしてその次がJR牟岐線の終着駅海部である。僅か11分の鉄路。降車時にワンマンカーの運賃箱に270円を支払った。この区間もバースデーきっぷで乗れそうなものだが、何故か阿佐海岸鉄道は含まれていない。

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  ふたたび、バースデイきっぷの旅の始まり。

 駅名標がJR四国のブルーに変わった。海部15時47分発の徳島行きは1200系単行。次の阿波海南から下校の高校生がどっと乗り込んだ。こちらも各駅に海面からの高さが書いてある。駅は市街を避けて高架で建設されているので避難時の目安にはなるが、先の震災と同じく津波は人間には予測できない。リアス半島の付け根を小さなトンネルで抜ける。三陸鉄道の車窓に似ていると思う。16時01分、牟岐着。列車は徳島まで直通するが一本後に当駅始発の特急列車があり、そちらの方が徳島に早く着く。こちらは無敵のバースデーきっぷを持ってるんだ。乗らない手はない。牟岐駅は昭和48年3月まで牟岐線の終着駅で、駅舎も構内も風情がある。窓口で16時44分発の特急「むろと6号」の指定席券を求めると、駅員さんはどこかに電話をかけて「1号車15番アメリカ!」と口頭で確認し、機械で指定席券を発券した。まだこういうシステムが残っていたのか。

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  なんとなく終着駅の匂いがする。

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  街中に建つ津波記念碑
  
 列車の時刻まで牟岐の街を軽く散歩する。港町で、有史以来南海トラフ大津波に襲われてきた。街中の地図には「最大6.9m、約8分」とある。今この瞬間に地震が起きれば8分以内に海抜6.9mより高い場所に逃げないと命はない。建物の壁に書かれた二本の線。近づいてみると「想定浸水高5.8m」「昭和南海地震4.5m」と書かれていた。津波の高さなんて、そんなもの来てみないと解らない。この街にも中心部に二つの津波記念碑が建っている。昭和21年12月21日南海震災、死者町内で54名。安政元年11月4日大震潮、死者町内で39名。昭和南海地震の津波高4.5mに合わせた碑も建っている。これらは無言で津波の恐ろしさと、近く確実にやってくる南海トラフ大津波を警告している。だがこの隣に3つ目の津波記念碑が立つ時、またその大きさは、私達人間には全く解らない。

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  2両編成のローカル特急に乗って。

 16時44分発の特急「むろと6号」はキハ185系2両編成。JR九州お下がりの車輌で、指定席は2両目1号車後方の12番から15番の16席。列車名の「むろと」はさっき通った室戸岬から来ているのだろうが、室戸岬は高知県でこの列車は徳島県内しか走らない。室戸岬へのアクセス列車、というのもなんだか微妙だし。沿線の日和佐に因んで「うみがめ」の方がしっくりくる。牟岐発車後早速検札に来た車掌さんから「お誕生日おめでとうございます」との言葉を頂いた。3日間でこの言葉をかけられたのは初日にこのきっぷを購入した高松駅と、この列車だけだった。自由席車には詰襟の中学生3人組が乗っている。四国内は25kmまで320円、50kmまで520円の割安な自由席特急券が設定されているので、費用対効果を考えれば特急通学も十分に有り得る。そういえば昨日の嘉島氏も八幡浜から松山まで特急列車で通学していたと話してくれた。

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  一瞬だが、海が見えた。

 思いの外海はあまり見えない。日がだいぶ傾いてきて、東の空高く半分の月が昇った。ウミガメの産卵で有名な日和佐で山の上にお城が見えた。結局海は田井ノ浜で一瞬見えた砂浜だけだった。四国最東端蒲生田岬の付け根を越え、阿南で中学生たちが降りる。代わりに帰宅客が大量に乗車してきて2両編成の車内は満員になってしまった。阿南徳島間はギリギリ25kmに収まるので、この区間の通勤、通学需要はそこそこあるのだろう。南小松島で一本前の徳島行き普通列車を追い抜いた。単行の車内は人がぎゅうぎゅう詰めに乗っている。17時54分、徳島着。日はとうに暮れてしまっている。

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  金曜夜のホームライナー?特急「うずしお26号」高松着。

 今夜の宿を徳島にするか高松にするかでかなり悩んだが、結局高松に泊まることとし、次の高徳本線18時30分発の「うずしお26号」に乗車した。指定席も自由席も満席。金曜日の夕方に都市間特急を2両編成で走らせるのは如何なものか。高松まで約1時間、ほとんどの乗客が乗り通した。19時37分高松着。
 
 続き→バースデイきっぷで巡る四国~3日目