小豆島の宿で目覚めると雨が降っていた。南海上の超大型台風が徐々に接近していて、明日の夜に関西地方を直撃すると宿のテレビが伝えている。もっとも島の観光は昨日一日で全て済ませてしまったので、今日は路線バスで島の北側を回って福田港へ行き、そのままフェリーで本州へ戻るだけだ。宿のおばあちゃんから缶コーヒーとパンを貰い、六畳一間の一室で旅先での朝御飯を頂く。窓の外の雨はどんどん強くなってくる。
 
 午前8時、宿を出た。宿のすぐ前が土庄の港で、ここから小豆島各地へ向かうオリーブバスが発着する。雨が降ってなければ土庄の市街まで歩くのだがこの天気だし、2日間のフリーパスがあるのでバスを待つ。港に本州から朝一番の船が到着し、大きなトランクを持った中国人観光客がゾロゾロと降りてきた。何もこんな日に島に来なくてもいいのに。彼らと一緒に乗り込んだオリーブバスで、まずは土庄の中心街へ。
 
 DSC_0301
  土庄の中心街。右側の建物が町役場。

 DSC_0303
  東洋紡績渕崎工場跡。このバス停は土庄のジャンクション的役割も果たし、北回りバスはここで乗り換えとなる。
 
 土庄の街は高潮や海賊から街を護るため入り組んだつくりになっていて、迷路のまちと呼ばれている。昨日エンジェルロードからの帰り道は日が暮れてしまい一時迷子になってしまった。再び土渕海峡を横断し、対岸の渕崎に渡る。かつてこの一帯には昭和8年操業の東洋紡績渕崎工場があり、長らく小豆島の経済を支えていたが平成15年に70年の歴史に幕を下ろした。跡地にはショッピングセンターやファミリーレストランが進出しているが、まだ開発されていない空間も目立つ。跡地の片隅のバス停から8時48分発の福田港行き北回りバスに乗車した。

 昨日通った小豆島の南半分は田ノ浦映画村やオリーブ園など見所が多いが、北半分はこれといった見所もなく、少ない乗客を乗せたバスは雨の瀬戸内海に沿って淡々と走る。だが一つだけ行ってみたいところがあり、それが大阪城残石記念公園と記念館。ここなら雨の日でも訪れやすいと思い二日目の行程に組み込んだ。記念館のすぐ前がバス停で、ここで一旦バスを降りる。

 時は江戸時代。大阪の陣で落城した大坂城を幕府により再建する兆しが高まり、まず石垣が全国から大坂に集められた。小豆島からも多数の石垣が切り出され運ばれたが、出荷を前に石垣が完成してしまい、小豆島の海岸に残されてしまったこれらの石は「残念石」と呼ばれる。建築資材の過剰調達は別によくある話だが、問題はこの石。当時の武家諸法度では城の建築、修繕は厳しく取り締まれれており、この石が他藩の手に渡ってしまうことはあってはならない。石は幕府の手で厳重に管理され、明治の初めまで動かすことすら許されなかった。

 DSC_0312
  島の海岸に集められた残念石群。

 だがこの残念石は地元にとっては迷惑な存在だった。通行や仕事の邪魔になるだけではなく、中には資材置き場として自分の土地を一時的に提供したものの、石が置きっぱなしでは自分の土地を有効に活用することが出来ない。それでも土地には年貢と言う名の固定資産税がかかる訳で、これは不公平だと役所に訴えた古文書も記念館には残っていた。そんな残念石が現代はこの公園に集められ、海岸に一列に並べられあてもなく雨に打たれている。この公園以外にもこの辺には当時の残念石が幾つか残っているそうだが、それは次回晴れてる日のお楽しみにしよう。次のバスは2時間後。小さな記念館と公園だけなら時間は十分に余ってしまう。雨はどんどん強くなる。休憩所で持ってきた本など読みながら、ゆっくりとバスの時間を待った。

 やって来た福田港行きのバスは私の貸切だった。私はバスに乗る際、一番前の特等席を意地でも奪取するように努めている。前方の景色が眺められるどころか、バスが空いていれば運転士さんが話し相手になってくれることもある。「観光?」と尋ねてくる運転士さんに、観光を終えてこれから本州に戻るところですと応えた。運転士さんが言うにはこの台風で本州へ戻る船も欠航する恐れがあるらしい。雨は強いが風はまだ強くなく、なんとか姫路港へ戻る船には乗れそうだ。

 DSC_0305
  小豆島の北側は海岸線が続く。時折小さな集落が現れ、左手には瀬戸内海。

 島の北側、大部のバス停で男の子が二人乗ってきた。対岸の日生との間に本州最短の航路があり、昨日はこの船で小豆島に渡ってきてもよかったなと思った。雨は強さを増す一方でバスのワイパーが左右に動く。左手は鉛色の瀬戸内海。本州は見えない。小豆島北東部、瀬戸内海に突き出た半島の付け根を峠で越えると眼下に福田の町並みが見えた。港にこれから乗船する姫路港行きのフェリーが泊まっている。11時35分、振り出しの福田港に戻ってきた。これにて二日間かけて島を一周し、小豆島紀行は終了。

 DSC_0314
  福田港に到着。バスはそのまま南回り線となり、土庄へ戻る。

 
DSC_0319
  さようなら小豆島。また来る日まで。

 11時40分発の姫路港行きは昨日と同じ「第三おりいぶ丸」だった。土曜日の午前とあって、島から本州へお出掛けする人でそこそこ賑わっていた。乗り込むと船はすぐ出航する。今回はあまり天候に恵まれなかったが次に来る時は春か夏に、土庄でバイクを借りて自分で島を一周してみたい。いや、今回行けなかった寒露渓に紅葉を見に行くのも良いだろう。船内には小豆島の観光地図が貼ってある。昨日「丸一日あれば島内の名所はだいたい回ることが出来る」と書いたが、こうして見るとまだまだ訪れていない名所がたくさんある。早速次の旅が楽しみになってきた。

 降りしきる雨の中、福田の港が、小豆島がどんどん遠ざかる。そういえばもうお昼時。「第三おりいぶ丸」には軽食コーナーもあり、さすが香川県といったところか讃岐うどんが味わえる。うどんと、缶ビールと、土庄の宿でおばあちゃんから貰ったおつまみで軽く一杯。雨に打たれる瀬戸内のしまなみを見ながら。姫路港まで約1時間半の、贅沢な一時。