昨夜22時半、最終のスーパーあずさ36号で爆睡しながら新宿駅に着いた私は、まだシラフな数個の脳細胞を頼りに中央線で神田に出て、京浜東北線を西日暮里で降り、営団千代田線に乗り換えなんとか自宅に帰ってきた。この間寝過ごすことなく自宅最寄り駅まで来れたのは奇跡かもしれない。そして玄関を開けるなりリビングデッド。それでも今朝は自動で5時半に目が覚めた。長年の慣習、恐るべし。

 酔い覚ましのシャワーを軽く浴びて自宅を出る。常磐線で上野駅へ。ここから週末パスの旅2日目を開始する。まだ二日酔いで軽く頭が痛い。朝から魔剤を投入し、新幹線ホームに降りて7時22分発の「はやて111号」に乗車した。E2系10両編成。今年の秋は雨が多いがこの週末は全国雲一つない秋晴れで、新幹線の高架から眺める青空の下、日曜朝の首都圏の町並みが広がり、その遠くに富士山が見える。東北新幹線は進行方向左側の席に座るとみちのくの山々が見えるのが良い。男体山、那須岳、安達太良山、蔵王。途中ウトウトしながらも仙台に着く頃にはすっかり酔いも冷めていた。
 
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 E2系はやて。はやぶさ号の登場で幾分地味にはなったが、まだまだ東北新幹線の主役。

 今日はこれより仙台から陸羽東線を通って新庄まで行く「リゾートみのり」に乗車する。平成20年の秋に登場したジョイフルトレインで、週末を中心に快速列車として運転されており、510円の指定席券だけで乗車できる。東北には以前縁があってよく通ったがこの列車に乗ったことはなかったため、今日は久しぶりにその縁があった土地へ向かう行程に組み込んだ。深緋色と黄金色の車体が深まりつつある秋を感じさせる。まだ紅葉には少し早いが、実りの秋は今がその真っ最中だ。

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 リゾートみのり号。何気に初めて乗ります。
  
 近郊型気動車キハ47系を改造した車内は大きな窓と、濃茶色のリクライニングシートが並ぶ。よく見ると紅葉の柄がプリントされていた。松島湾や鳴子峡の渓谷が見える進行方向右側の座席に座った。座席はグリーン車並みの1200mmのシートピッチが確保され、大きな窓からは日本の美しい秋の風景が眺められそうだ。ローカル列車で旅するのも良いが、たまにはこういう豪華な列車に乗ってみるのも良い。座席には観光パンフレットと、職員手作りの沿線案内が置いてある。乗客もそう多くはなく、新庄までの3時間強、贅沢な時間が過ごせそうだ。

 仙台9時13分発の新庄行き「リゾートみのり」はキハ47系3両編成。青葉城恋唄のメロディーに見送られて発車した。小牛田までは東北本線を北上。松島の手前で右手に海が見えた。以降列車は「みのり」の名に相応しく一面の黄金の絨毯の中を走る。秋はニッポンが最も美しく実る季節。大きな窓に実りの光景が広がっている。小牛田から「奥の細道湯けむりライン」こと陸羽東線に入り、10時13分、東北新幹線が接続する古川に到着。ここで「リゾートみのり」は10分ほど小休止する。バイブルを捲ると上野8時02分発の「はやぶさ101号」に乗れば、この駅で「リゾートみのり」に乗ることが出来たらしい。要は今朝は40分ほど朝寝坊が出来た訳だ。ホームに降りて外の空気を味わっていると突然地元民らしいお婆さんが鳴子温泉までの切符を見せて、「この列車に乗っていいの?」と聞いてくる。ホームの時刻表を見ると次の鳴子温泉行きは1時間後の11時15分。ここで1時間も待つより、指定席券を買ってでも「リゾートみのり」に乗ったほうがいいだろう。と私は判断して、「別に520円払えば乗れますんで、乗って下さい」と応えた。お婆さん「あら!男の子?女の子だと思った!」と私に言いながら「リゾートみのり」に乗り込んでいく。そういえば今日はA面の姿で来てたっけ。指定席券は無いが仙台発車時点で十分空席はあったし、まあ大丈夫だろう。後は車掌さんに聞いてくれ。

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 松島湾を臨みながら。仙石線の線路も見えている。

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 秋空と黄金色の稲穂。日本の美しい秋の光景だ。

 古川を発車すると2号車のイベントスペースでアマチュアミュージシャンの演奏会が始まった。仙台在住のナイスミドルで、さとう宗幸氏とユニットを組んだこともあるらしい。「今日は私と同年代の方が多いので」ということで、60年代フォークを中心に演奏が始まった。スペースの椅子に腰掛け、イケオジのギターの演奏を聞きつつ、車窓にゆっくりと流れるニッポンの実りの秋。なんて贅沢な時間であろうか。11時00分、鳴子温泉着。「リゾートみのり」はここで23分間停車する。今日はここ鳴子温泉街で芸術祭が開催されており、駅を降りれば早速バンドの演奏に出会うことが出来た。久しぶりの好天の週末とあって多くの観光客で賑わっている。軽く温泉街を散策し、駅前の足湯に浸かって、再び「リゾートみのり」の車内に戻った。

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 リゾートみのり、鳴子温泉駅で小休止。 

 鳴子温泉駅ですっかり乗客を降ろした「リゾートみのり」。この先が陸羽東線の白眉ともいうべき鳴子峡である。観光ポスターでも有名な鳴子大橋と渓谷美。陸羽東線は鳴子温泉駅を出てすぐ、小さなトンネルを抜けた処が最も美しい渓谷を眺めることが出来る。ローカル列車は一瞬で通り過ぎるが、「リゾートみのり」はトンネルを抜けた処で最徐行し、大きな窓に渓谷と、鳴子大橋と、秋の青空が広がった。

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 陸羽東線の殺意の風景といえば、ここで刹那見える鳴子峡に他ならない。

 分水嶺を越えて山形県に入る。すっかり閑散とした車内。最上駅で鳴子温泉行きの反対列車と交換する。ローカル線の秋の車窓と、大きな窓から差し込む秋の日差し。後は終点の新庄を目指して走るのみ。

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 陸羽東線をのんびりと。 

 「週末パス」の有効区間は主に青森県、秋田県、岩手県を除くJR東日本管内だが、僅かに秋田県に入る区間があって、それがこれから乗る奥羽本線新庄~湯沢間である。この区間が含まれるお陰で以前はよくこのきっぷを利用した。新庄12時56分発の秋田行きは701系2両編成。登場当初は賛否両論だったみちのくのロングシート車も、今ではこの列車に乗ると懐かしさを感じてしまう。なんかこう、ふるさとに帰ってきたみたいな。一本前の「つばさ」から乗り継いできた人が多いのだろう。ロングシートに大きな紙袋を置いた乗客も散見される。1時間ほどで週末パスの北限の駅、湯沢に到着。この駅で降りるのはもう何年ぶりになるのだろうか。しばらく見なかったうちに駅舎は立派な橋上駅になり、駅前には立派なバスターミナルが併設されている。10年前にバスを待った駅前の小さな小屋は無くなっていた。

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 新しくなった湯沢駅舎とバスターミナル。
 
 西馬音内堀回行きのバスは少々遅れてやって来た。何度も通った勝手知ったる道。湯沢の市街を抜けて、雄物川に掛かる橋を渡って羽後町に入る。今日も前方に鳥海山が見えている。バスは右折して西馬音内の市街に向かう道に入った。三輪神社の鳥居前を過ぎ、あぐりこ神社の前を通って、羽後町役場前の交差点でバスを降りた。角のタクシー会社はセブンイレブンになっていた。とりあえず役場の方向へ向かう。新しく道の駅うご・端縫の里と書かれた建物が建っていて、地元の名産品が売られている。休日だけあって店内は賑わっていた。もう10年も経ってしまったが、懐かしいものが幾つか見受けられた。

 10年前、ぼくはこの街に留学していた。この街で沢山の人に出会い、沢山のことを学び、若い情熱と行動力と破天荒で世間に打って出て、少しだけ世の中を変えた。少なくとも、ぼくらが居なければ今の世の中はもっと窮屈だったはずだ。これは決して自惚れではなく、本当にそう思っている。

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 二万石橋から鳥海山を望む。此処の風景は10年前と全く変わらない。今でもこの景色を見ると「ただいま」と言えるし、また戻ってくることが出来たと思う。ここはぼくの故郷だ。あれから10年が経ち、今は元の静かな町に戻ったが、それはぼくらが新しい時代を切り拓き、世の中を変えることが出来たことで、元の静かな街に戻ることが出来た結果なのだ。「時代を先取りしすぎた。俺達が若すぎた。」と思うこともあったけど、今ここに来て遂に解った。俺達は時代を先取りする必要があった。若かったからこそ出来ることがあった。あの頃の俺達は凄かった。みちのくの秋の夕暮れは早く、西馬音内川の川面に吹く風は冷たい。でも体が興奮してきて火照ってきた。身震いがする。

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 目の前に飛び込んできた10年前と変わらない景色。あの日のことが走馬灯のように甦る。興奮冷め止まぬ中店内に入ると、急に10年前にタイムスリップしたかのような錯覚に陥った。ここは10年前と全く変わっていなかったのだ。番頭の男の子に見覚えがある。随分と大きくなった。そしてそこには青年時代の自分の足跡があった。よく残してくれた。恥ずかしさと、嬉しさと、そして感謝と。

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 街並み。所々変わった。写真館が無くなっていた。街の中心には昭和の終わりにふるさと創世基金で建てられた西馬音内盆踊り会館が立つ。10年前のあの真夏の夜、全てはここから始まった。今ではもう夢のようだ。館内に入る。いつも私を出迎えてくれたお姉さんは居なかったが、代わりの事務員の方は私の身なりを見て、ひと目で余所者と解ったらしく、盆踊りの映像を見ていってくださいと言った。留学時代にこの盆踊りも何度か見に来ることが出来た。700年の歴史の中、その中の数年間だけであったがこの町は大きく全国区に知られることとなり、今までの古い慣習や風習や偏見を破壊し、新しい時代をつくる炎の種火となり、新しい世の中の到来をしかと見届けた後、その使命を終えて幕を下ろした。

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 街外れまで来てしまった。このまま花嫁道中を歩いて堀廻まで行こう。ガンダム、まだここに居たのか。七曲峠に至る一本道を一人で歩く。この町で過ごした青春時代、出会った人、経験したこと、学んだこと、あれ以来会っていない人もいる。ふと一軒の家の前で足を止め、大木を見上げる。そしてまた一本道を前に歩く。日が大分傾いてきて寒い。辺り一面の田園風景の中、稲刈りのコンバインが動く。

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 後方から一台のバスが私を追い抜いた。このバスがこの先堀廻のバス停で転回し、折り返し湯沢駅へ向かう最終バスになる。西馬音内川の上流に沿って歩くうちに堀廻に来た。ここは昭和48年に廃止された羽後交通雄勝線の終着駅で、梺駅跡は整備され当時の車両も保存されている。夕暮れ時の廃駅で一人昔のことを思い出しているうちに最終バスの時間がやって来た。17時20分発湯沢駅行き。バスは私一人を乗せて来た道を戻る。バスの車窓に映る見慣れた街並み。短い時間ではあったが、来てよかったと思う。

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 では、最終の新幹線で東京に帰ります。 

 湯沢駅から奥羽本線普通列車で新庄へ戻り、19時57分発東京行き最終「つばさ160号」に乗り込んだ。東京まで3時間半もあれば心の整理をつけることができる。闇夜の奥羽本線を往く。停車場毎に乗客が乗り込んできて、米沢駅を出る頃には自由席車は程よい乗車率となった。列車は間もなく板谷峠にかかる。深々とした森の中、新幹線の灯りだけが映る。峠道に夜が降りてくる。