松江二日目は朝から雨が降っていた。日本海側気候に属する松江は一年を通して雨が多い。そんな松江に降る雨は御縁を運ぶ縁雫(えにしずく)と呼ばれている。宿でしっかり朝ごはんを食べて、朝8時にチェックアウト、路線バスに乗るために松江駅へ向かう。

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 雨の松江駅

 まずは昨日行けなかった八重垣神社へ向かった。『古事記』によるとイズモに降りたスサノオが怪物ヤマタノオロチを倒し、クシナダヒメを娶った地とされている。恋愛成就のパワースポットとして有名だ。まだ朝の9時前なのに観光バスが次々と乗り付け、団体客がわらわらと降りてくる。一人旅ではなるべく出喰わしたくない類だが何分彼らは忙しない。少し間を空ければ途端に居なくなる。団体客が去った境内には私と同じ一人旅の女の子が居た。熱心に何を願掛けしているのだろうか。

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 イズモのパワースポット、八重垣神社

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 クシナダヒメが水面を鏡代わりにしていたと云われる。

 傘を差し、境内の奥にある鏡の池に向かう。ここで一つ恋占いをやってみようと思う。池にそっと和紙を浮かべて、その中央にそっと十円玉を置く。和紙が早く沈めば縁談は早く、また近くで沈めば身近な人と、遠くなら遠方の人と縁があるらしい。後に小泉八雲の妻となるセツも少女時代に此処へ来たことがあるらしく、その時はかなり遠くで和紙が沈んだそうだ。

 雨粒が落ちる鏡の池にそっと和紙を置く。すると「友人との絆大切に 東と南が吉」の文字が浮き出てきた。中央に十円玉を置いて、後は和紙が沈んでいくのを見守るのみ。ところが和紙は叩きつける雨粒でたちまち沈んでしまった。

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 恋占いの結果

 これはとても身近な人と急速に縁あり?ということにしておこう。雨は心なしか弱まっていた。

 八重垣神社から八雲立つ風土記の丘まで「はにわロード」と呼ばれる遊歩道が伸びている。古代にはここに出雲国府が置かれていたらしい。この辺りには古墳群もあり、古くから歴史の要所として栄えていたのだろう。神話のスサノオとクシナダヒメ、そしてヤマタノオロチ。古事記に書かれたヒーロー、ヒロインに導かれるように私はこの道を歩いている。雨はすっかり上がった。朝の静謐な空気が気持ちいい。20分ほど歩いて風土記の丘に到着。資料館をさらっと見て、バスで再び松江市街に戻った。

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 埴輪たちに導かれて。

 松江市街に戻ると朝方の雨が嘘のように晴れてきた。バスの終点は一畑電車の松江しんじ湖温泉駅で、これより一日乗車券を購入し出雲大社前まで往復する。

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 青空が眩しい。松江しんじ湖温泉駅。

 「バタデン」こと一畑電車は、まず出雲市の一畑薬師への参詣客を輸送するために敷設された。その後路線を延長し、現在はここ松江しんじ湖温泉駅から電鉄出雲市駅へ至る北松江線と、出雲大社前から川跡へ至る大社線の二路線を運行している。

 バタデンに乗るのも随分と久方ぶりだ。始発の松江しんじ湖温泉駅は小奇麗な駅舎に生まれ変わり、車両も大手私鉄のお下がりではなく新車に入れ替わっている。11時36分発の出雲大社前行き普通列車は7000系単行。どこかで見たような車両と思いきや、JR四国の7000系車両のベースに作られたらしい。車内はロングシートとボックスシートが千鳥状に配置されており、宍道湖側のボックスシートに腰を下ろした。

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 平成28年度に導入されたばかりの新車です。

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 晴れた宍道湖を見ながら。
 
 それにしても、しばらく見ない間にバタデンも綺麗になった。インバウンドを意識してか、英語の車内放送さえある。大きな窓に青空と宍道湖の水平線。そして差し込んでくる日差しが暑い。単行の車内は地元の用務客と観光客が半々くらい。沿線の出雲大社や松江といった観光地をよく生かしている。バタデンも企業努力しているんだなと思った。

 宍道湖と別れ、一畑口で列車がスイッチバックする。以前はここより一畑薬師の前まで線路が伸びていたと言うが、現在はここから出雲市営の市民バスに乗り換える形となる。今回は一日乗車券を持っているが普通乗車券でもここ一畑口で途中下車が出来るらしい。せっかくだから一畑薬師へ足を運んでみよう。

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 一畑薬師へ向かうのは市民バス。一人旅の女の子が乗車した。

 市民バスは列車の到着に合わせて運行され、運賃は均一200円。私と一人旅の女の子を乗せて発車した。廃線跡を転用した県道23号線を走り、一畑やくしと書かれた灯籠が見えてくるとかつての一畑自動車道に入る。10分ほどで一畑薬師のバス停に到着。かつてここには一畑電鉄が経営する一畑パークと呼ばれる遊園地があったという。帰りのバスは1時間後。1時間あれば境内をさっと回ってこれるだろう。

 一畑薬師は臨済宗妙心寺派の仏教寺院で、健康、特に目にご利益があるとされている。水木しげるの養母のんのんばあも一畑薬師の熱心な信者で、幼少の頃連れられてきたことがあるらしい。参道を歩くと目玉おやじのブロンズ像が出迎えてくれた。椛が散り、晩秋から初冬へ移り変わる境内を一人で歩く。恋煩いも結構だがやはり健康も大切。本堂でしっかりと健康をお願いしてきた。

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 お寺はなんとなく心が落ち着く。

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 目玉おやじ「欲にころぶな」

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 一畑薬師本堂

 境内をさっと回って1時間。帰りのバスで一畑口へ戻る。帰りのバスも女の子と二人きりだったが、彼女は私と逆の松江しんじ湖温泉行きの電車に乗っていってしまった。私は電鉄出雲市行きの電車に乗る。出雲大社方面は途中の川跡で乗り換えとなるが、松江しんじ湖温泉、出雲大社前、電鉄出雲市行きの3本の列車が同時に並ぶので間違って乗ってしまってないかと不安になる。出雲大社前行きの行き先表示を指差確認し、隣ホームの列車に乗り換えた。

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 川跡に並ぶ三本の列車。左から松江しんじ湖温泉行き、出雲大社前行き、電鉄出雲市行き。

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 ハイカラな出雲大社前駅

 14時22分、出雲大社前着。言わずと知れた我が国最強のパワースポット出雲大社の最寄り駅である。現在公共交通機関で出雲大社へ向かう際はこの一畑電車かJR出雲市駅からの路線バスだが、平成2年3月までは出雲市駅から大社駅へ至るJR大社線が伸びていた。鉄道の廃止から30年弱が経つが、当時の駅舎は今でも綺麗に保存されている。まずはその駅舎を見に行く。

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 歩くこと約15分、旧大社駅が現れた。 

 旧大社駅は出雲大社前駅から、出雲大社へ向かう参道とは逆方向に15分ほど歩いた場所に存在している。なので出雲大社へのアクセスとしては当時から少々分が悪かった。参拝客が利用するのは専ら大鳥居まで直通する路線バスで、大社線は旧国鉄の特定地方交通線に指定され平成2年3月末をもって廃止された。

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鉄道の廃止から30年弱。この駅は時間が止まっている。
 
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 ホームも当時のまま

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 山陰本線を走ったデゴイチが保存されていた。

 旧大社駅は大正13年に二代目駅舎として開業した。かつては大阪からの長距離列車も乗り入れ、出雲大社への参詣客で賑わったのだろう。もう少し路線を伸ばしてせめて出雲大社の門前町に駅舎があれば、現在は電化され「やくも」や「サンライズ出雲」が乗り入れる光景もあったかも知れない。平日でも観光客で賑わう門前町とは違って、忘れられたかのように佇む旧駅舎には師走の冷たい風が吹いている。

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 廃止当時の時刻表が残っていた。

 現在、駅舎は国の重要文化財に指定され、駅舎内には観光案内所もある。だが前述の通り出雲大社の参道から離れており、ここまで足を運ぶ観光客は少ない。せめて鉄道があった頃に来たかった。それでも、こうして駅を遺してくれて、手入れしてくれる方が居るだけでも有り難い。出雲に来たときには、必ずこうしてこの駅舎に足を運ぶことにしている。今回も来てよかった。そして、またいつの日か来ようと思う。

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 イズモオオヤシロに来ました。

 来た道を戻り、再び出雲大社前の駅前を通り、門前町を抜けて出雲大社に参拝する。説明不要の我が国最強のパワースポットだ。平日にも関わらず参拝客が多い。二礼四拍一礼で本殿に参拝。その後反時計回りで境内の殿舎を回る。本殿に居られるオオクニヌシ様は西を向いておられると言われているので、西側の遥拝所からも
二礼四拍一礼。朝方の八重垣神社に続いて、しっかりとお祈りさせて頂いた。

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 まずは本殿を参拝 

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 反時計回りで境内を一周

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 大社のシンボル、巨大しめ縄。

 古代の出雲大社は今とは比べ物にもならない巨大な神殿であったと云われている。その高さは今の倍の48m、いや96mだったという説もある。八重垣神社に祀られるスサノオの子孫オオクニヌシが嘗てここに王国を築き、後に「国譲り」によって天津神に屈服する。その神話のストーリーの本題は一体何であったのだろうか。かつてここにイズモという名の王国を築いた人達。そして彼らがヤマトの中央政権と一体化するまで。出雲大社の先、国譲りの舞台となった稲佐の浜まで足を伸ばしてみた。

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 沈みつつある夕陽。この太陽と海しか知らない歴史。私は今日も旅をして新たな歴史を知る。そのためにこうして旅をしているんだと思う。

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 デハニ52と並んで。

 出雲大社前駅へ戻り、17時13分発の川跡行きに乗車する。松江しんじ湖温泉行きに乗り換えた頃にはもうすっかり日が沈んでいた。闇夜の宍道湖の湖畔を走り、松江しんじ湖温泉駅に戻る。今回の旅の心残りは温泉に入れなかったことだ。ここ松江を始め、山陰には良質の温泉がたくさんある。でも、また次に来ればいい。あえて一つ回りきれなかった場所を残すことで、またいつか此処に来ることが出来る。それが旅というものだ。最後は駅前の足湯で体を休め、バスで松江駅へと向かった。
 
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 足湯でほっこり。

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 では、サンライズ出雲で帰ります。

 往復サンライズ出雲で往く島根県の旅。今回もかなり駆け足での旅程となってしまったが、まあ良い気分転換になったと思う。入線してきた東京行きの通勤電車。もちろん明日はその足で出勤だ。行きと同じノビノビ座席で、買い込んだお酒とおつまみを開けて、しばし、一人の時間。